転売ヤーがなぜ悪か
またハッピーセットのカービィが狙われたようですね。もしかしてブンブンカーも転売ヤーにやられたか?
一時期感情論抜きで転売が悪か論破できるか、商社と同じことをやっているから問題ない、需要があるから高値で売れるという謎の主張が多かったですが、いずれも身勝手極まる主張ですね。
今回は「なぜ転売ヤーが悪か」を考察したいと思います。
まず法律的には古物商にあたるようです。言ってしまえば中古販売ですからね。
古物商は許可制なのでそれを取得していなければ、法律違反となります。
しかし古物商をとったからと言って、転売ヤーの存在は許されるものではありません。
総合商社と転売ヤーの一番の違いは、転売ヤーは小売店から使用想定範囲を大きく逸脱した量を購入する点にあります。
この一点に着目するとむしろこれまでの販売網の努力の結晶が垣間見れます。
必要な量を過不足なく、素早く必要な場所に届け、尚且つコストは最小限にすることが求められます。
物を販売するときにはメーカーと販売店が必要ですが、それだけでは当然成り立ちません。
現在はネット通販が普及してきましたらメーカー直販などもありますが、いわゆる小売店に辿り着くまでには多くの仲介業者が介入しています。
メーカーから卸売業をいくつか介して、小売店に納入されて小売価格として販売されます。
仲介することでコストが増えるデメリットはありますが、
在庫管理がしやすい、発注量を把握しやすい、それぞれの間で手続きが簡略化されるなどのメリットがあります。
例えば、商社などを介さなければ、メーカーの窓口が全国全ての小売業者からの発注や発送を担わなければならず、
もやは物作っている場合じゃないってくらい煩雑な業務が発生することが容易に想像がつきます。
なので、商社などを介して物流に載せることのメリットがあるわけです。
これまでそうやってメリットとデメリットの一番良いところをそれぞれの企業努力によって落とし込み、
最も効率的な物流網を構築して、より安価に最終消費者に届けられるようになりました。
そこに突如現れたのが転売ヤーです。彼らはそうした企業努力の上にあぐらを描き、想定使用範囲を大きく逸脱した量の物品を購入していきます。
例えば小売業者はPS5やNintendo Switchを一人で10台も20台も購入していくことを想定していないのです。
その結果何が起きるかというと、在庫不足、生産不足になります。
ところがこれまでの売り上げと比較するとこの傾向は大きくはずれています。
なのでメーカー側もどれだけ実際に生産すれば良いかわからず、慎重になります。
需要がなくなった途端、それはただの負債になるからです。
また、転売ヤーは適正価格で売っているなんて言いますが、全く違います。
メーカーや物流、小売店の企業努力の結果、消費者が適正価格以下で手に入るようにしてくれていたのです。
結論として転売ヤーは、効率的な物流にただ乗りし、小売店から使用想定範囲外の数量を購入し、
消費者に不要な”手数料”という名の盗人猛々しい料金を上乗せした料金を徴収する、
メーカーにも物流にも消費者にも何もメリットのない行動をしているわけです。
恒久的に続くビジネスの基本はWin-Winの関係を築くことですから、転売ヤー以外メリットのない転売行為は当然規制されるべき行動です。
法律的に悪くなくてもビジネス界では排斥されるべき行為となります。
また、転売ヤーは小売店への入荷情報を手にして、朝早くから並んで品薄の商品を購入することを”企業努力”と称していますが、
だったら卸売として小売店からでなく直接メーカーから仕入れれば良いのです。
その方が仕入れ価格も安くなりますし、定価で売っても利益が出ます。
それをせずに、小売店から買っている時点で商社でもないし、彼らに転売を正当化する理由は全くなくなります。
最後に、なぜ転売ヤーは法律を盾に我々を煽るのでしょうか。
黙って黙々と転売ヤー行為をすれば良いのに、時折「感情論を抜きにして転売を否定できるか」などのスレッドが某掲示板に立つことがありましたね。
最近は少なくなりましたが。
その理由を考察します。
彼らは褒めて欲しいのです。リスクを冒して商品を購入し、フリマサイトなどでうまく売り抜けて金をせしめたことを。
すごいね、よく稼いだね、うまくやったね、と。
ところが世間からの目は温かい物ではありません。転売している人以外からは鬱陶しがられる始末です。
彼らも人間ですから、自分の行動と世間からの批判の間に立たされます。
自分の行動は褒められるべきなのに、と。
そうこうしているうちに自分の行動に正当な理由が欲しくなります。
やれ、自分は商社と同じだ、とか買えない人のために代わりに買っているなど。
それでも世間の批判は止みません。当然とってつけた理屈などもすぐに破綻します。
最終的に彼らの心の拠り所が「法律的に悪くないのだから、断ぜられることはない」という論理に至ります。
そこで「感情論抜き=法律的に」という議論をふっかけてくるのです。
そこで色々な批判にさらされますが、確かに現状では転売を規制する法律や制度などはありません。
いつまでたっても法律的な指摘がないことで、
「だれも指摘できないのだから、自分の行動は肯定されるものである」という逆説的な結論を自分の中に作り、
自分を正当化する理由にしているのだと思います。
当然、一人勝ちのビジネスなど継続できないわけですから、早いところ転売ヤーが駆逐されることを節に願います。